岡崎名物である八丁味噌について、詳しく丁寧に解説するサイト『岡崎の八丁味噌』

●●●おいたち●●●

【八丁味噌】

家康生誕の岡崎城より西へ八丁はなれた八町村で、久右ヱ門勝久が味噌の仕込みを始めたの
が八丁味噌の始まりと伝えられています。
この地方は良質の大豆の産地であっただけでなく、花崗岩質の地盤からは良質の天然水が
湧き出し、そして矢作川の水運により吉良地方の塩も入手し易く、味噌造りにとって三拍子
揃った素晴らしい立地だったのです。
また、温度、湿度などの気候風土も醸造に適していたことも、八丁味噌の誕生の大きな要因
になったともいえます。
八丁味噌は風味の良さだけでなく、長期保存ができるために携行にも便利であり、三河武士
の兵糧としても使われました。
そして徳川家康の江戸開府に伴い、関東地方の人々に親しまれるとともに大名の参勤交代
により広く全国にその名を知られるところとなりました。

【戦時中】

味噌造りの伝統は代々受け継がれ、明治25年に宮内省への納品が始まり、34年12月に
は正式に御用達の栄に浴することになりました。
戦時下では大豆不足による減産という大打撃を受け、味噌は長期の仕込みを必要とすること
から、生産面での回復には苦労を強いられました。

【赤だし味噌】

時代の嗜好に合い、しかも八丁味噌の味、香を持った便利な漉味噌を、という考えから造ら
れた赤だし味噌は、昭和32年に関西方面へ出荷されたのが始まりです。
好評を得た赤だし味噌は、昭和37年頃から全国的に広がっていきました。